連続講話 書あれこれ第1回 『神の文字』

今日は「神」という文字を紐解いていきながら、お話させていただきたいと思います。

最初のページに私の作品が載っております。伊勢神宮に奉納させていただいた「神」という文字です。これを紐解いてみます。まず右側のつくりをご覧下さい。ぐりぐり、ぐりぐりとなっている部分です。調べてみますと、これは稲光だそうです。

もともと漢字というのは占いから出来たといわれています。ですから最初、漢字は神に関係のあるものしかなかったそうです。その漢字を作った古代の中国人の気持ちになって「神」とは何であろうかと考えて見ます。すると、まず「怖さ」があったのではないかと思います。私が中国を旅した時、日本では考えられないくらいの雷が落ちるのを見たことがあります。空があり、大地がある。日本とは違って、広い広い大地です。そこに突然雲が現れ、稲光がビシバシッと 10 本くらい立つんです。それを見たとき、「なぜ古代中国人が神様を稲光と表現したかが分かりました。まさに神のなせる業でした。

次に左の偏です。現在はカタカナの「ネ」のようですが、これは「しめすへん」といいます。昔は「示」と書いていました。これについて考えたとき、まず「神様だから鳥居が元になっているのかな」と思いました。でも中国に鳥居はありません。それで古文を調べました。古代、神様が落ちてきたとき、怖いものですから、台を作って、魚、肉、鳥、野菜などをお供えする。これを乗せる台の形が「示」になっていました。

ここまで分かってくると、「では『鳥居』とは何だろう」と新たな疑問がわいてきました。神道の専門の方に伺うのが良いだろうと思い、電話で伺いました。すると文字通り「鳥が居る」というところから「鳥居」という言葉ができたそうです。「ここからは魔が入ってこない」という結界のような線引きが鳥居なんですね。なぜ鳥が居るのかというと、神様の話に由来しています。天照大神が天の岩戸にお隠れになった時、大きなお祭りをして誘い出そうとしました。天照大神が「にぎやかだな」と覘いたときに天手力男神が岩をガーッとあけた、そのときに一番鳥が鳴いたんです。それは尾長鳥といわれています。その話から何か悪いものが来たときに鳥(にわとり)が鳴いて結界をつくるといわれています。もう一ついわれがあります。神武天皇が日向の里から大和の地に出て行くときに、道案内をしたのが 八咫 ( やたの ) 烏 ( からす ) という、足が 3 本あったカラスといわれております。ですから、この鳥は昔カラスであったとも言われています。では鳥居の形はどうでしょう。なぜこの形なのでしょうか。またお聞きしましたら、これは「機織を上から見た形」であるとの事です。神々の時代、古代は、非常に神の仕事として 織機 ( おりはた ) をすごく大事にしてあったということです。また、縦糸を神とし、横糸を私たち人間の生き方として、縦糸と横糸が絡み合って人と人は神とともに生きて行くんだということで出来た形ではないかとも考えられています。また、機織とはまったく別の説で、鳥が止まっている棒の形をそのまま鳥居にしたのではないかという説もあるそうです。

さて漢字そのものを紐解きます。先ほど、「漢字は占いから生れた」ということをお話しました。まず、亀の甲羅に文字を掘り込みます。それを火であぶります。パリパリと音がして、割れた方向でそのときの運勢を占い師が占います。つまり、最初の絵文字は全て動物の骨、亀の甲羅に掘り込んであったものです。

そして、現在私たちが「漢字」と呼んで、使っております文字、なぜ「漢字」というのでしょうか。これは紀元後、前漢後漢という時代がありまして、その時代に出来た文字だから「漢の文字」ということで「漢字」といわれております。もし、違う時代に出来ていたら「漢字」とは言わなかったかもしれないんですね。

世界には他にもたくさんの文字があります。ギリシャ正教からギリシャ文字、キリスト教からキリスト文字、またローマ正教からローマ字が出来るというように、文字が生れる中には「宗教」つまり「神」が元にあります。また絵文字というものは大自然をつかさどっております。世界中に文字があるように、広い中国国内にもたくさんの地方があり、それぞれに文字がありました。秦の始皇帝は国を治めるために文字の統一が必要だと考えました。中国全部の漢字を集め、統一した。そして、それが現在私たちが使っている漢字に繋がっているんです。始皇帝が統一したときの文字は「篆書」です。現在では印鑑の文字に使われています。これは複雑ですので、一般の人が使えるように簡単にしたものが「隷書」です。日本ではお墓の字として見ることが出来ます。しかし「隷書」もまだ書きにくいので、更に書きやすくしたものが「楷書」です。この段階で日本に伝わり、現在私たちが使っている漢字となりました。

では日本には独自の文字がなかったのか。実は壱岐対馬のほうで土から出てきた「神代文字」というのがあります。「ひふみ文字」「やひろ文字」といわれておりますが、これが神社のお札などに残っております。もしかするとこれが日本独自の文字かもしれませんね。

このように資料を集めて調べてまいりますと、文字の誕生には神がありました。そして、「神様の話とは大自然の驚異であった。」ということで私の文字の話を終わらせていただきます。ありがとうございました。