連続講話 書あれこれ第1回 『神の文字』
今日は「心の文字」というテーマで、人の心を表す文字についてお話しします。
前回、漢字は物の形をかたどった象形文字が起源になっているというお話をいたしました。その例として、最初のページに体の部位についての文字を選んでみました。その一番下に、「心」という文字があります。この「心」という文字も、体の一部が元になっています。
なんでしょうか。
「心」の元になっている文字は心臓なんです。心臓を模った絵文字から、甲骨文字、篆書、隷書、楷書と変化して、現在の「心」になりました。これが更に行書、草書となるんですね。草書までなると、専門家でなければなかなか読めません。
この「心」が漢字の一部として偏になったものがあります。何かわかりますか?「りっしん偏」です。でも形が違いますよね。どうなってるんでしょう。心の一番長い線を名前の通り立てます。そして、点をちょっと、少なくしましょう。これが今皆さんが使っている、「りっしん偏」。この「りっしん偏」の偏と右の部分のつくりで心の動きを表す文字になってくるわけです。
しかし、心の動きを表すひょうげんには心という言葉がないんです。例えば「頭かかえた」とか「頭が痛い」と表現するとき、風邪をひいて頭が痛いと言っているのではなく、悩み事で「頭痛いなぁ」「頭が重いなぁ」とか言うでしょう。これは心の動きを表現する言葉なんです。だけど、「頭」なんですよね。
今度は「腹」で調べてまいりました。「腹悪 ( あ ) し」、怒りっぽい。「腹が癒える」、気が晴れるんですね。「腹が居る」「腹が決まる」、覚悟ができる。「腹黒い」、『こいつは腹黒い奴だ』なんて言いますね。それから「腹が立つ」。だんだん人間が出来てくると「腹が出来るなぁ、あいつは」という言葉になります。
また人間には私みたいに何でも口に出して言える人と、言えない人がいます。特にうちの主人なんか「腹が膨れて」おります ( 笑 ) 。私から言いたい放題言われて、ぐっと我慢して「腹が膨れて」いることだと思います。次に「腹が太い」。「腹に一物」なんてね、腹に何を入れるのかっていうような言葉を創ってます。「腹に落ちる」「腹に据えかねる」「腹を合わす」「腹を抱える」。「腹を固める」は、もう覚悟を決めた。「腹を探る」、『アイツどんなことを考えてるのかな』って、相手の気持ちを探っちゃうんですね。まさか、腹を切って開けるわけでもないのに。「腹を据える」「腹を読む」「腹を割る」「腹構え」「腹汚い」「腹づもり」「腹の内」「腹心」という風に、この「腹」から、心の動きを表す色んな言葉が出てくるわけです。
今度は腹からちょっと上げて、「胸」。胸を触ってみてください。
胸の奥ですね。「胸奥」。「胸襟を開く」、別に、「いい女だな、ちょっとあそこの襟に手を入れようか」って、襟を開くんじゃないんです。「胸裏」「胸糞が悪い」っていいますね。「胸騒ぎ」「胸底」「胸開く」「胸がいっぱいになる」。「胸がすく」「胸がつかえる」「胸がとどろく」「胸が塞がる」「胸に余る」「胸に一物」・・・。さっき「腹に一物」もあったんですけど、「胸に一物」もあるんですね。「胸に聞く」「胸に刻む」「胸に釘を打つ」。「刻む」と「釘を打つ」ではまた強さや深さが違いますね。「胸に迫る」「胸に畳む」「胸の隙あく」「胸を痛める」「胸を打つ」「胸を躍らせる」「胸を焦がす」「胸をさする」「胸を衝く」「胸を撫で下ろす」「胸を冷やす」。これらは「胸」なんだけど、心臓じゃないんですよね。「胸がつぶれる」っていう表現、日本人の言葉の複雑加減、すごいですね。
ではもう一度「頭」の部分。「頭が上がらない」「頭が痛い」「頭が重い」「頭にくる」「頭を冷やす」「頭を悩ませる」「頭をひねる」っていう風に、この腹と胸と頭が心の表現の言葉になっております。日本人の言葉の豊かさが表れているような気がいたします。
もう一つ、調べているうちに疑問に思ったのが、「腹」。「腹」という文字はなぜ「つき偏」なのか。不思議でしょ。腹の横に「月」がある。この「月」の説明をちょっとしておきますね。疑問に思ったときに調べると、楽しいですね。これは「月」なのかっていうと、調べてみると月じゃなかったんです。肉なんです。「にくづき」って言うんです。昔だったら、牛一頭殺して、みんなで焼いて食べたとき、肉のかたまりに金串が 2 本刺して焼いていた。その図が「にくづき」の始まりなんです。ですから「月」と「にくづき」は形は同じでも、由縁は違うんです。だから、ほんのちょっとなんですけど、書き方が違うんです。どこが違うか。「にくづき」は絵文字の串が突き抜けてる。だから月の中の横線はしっかりくっつける。でも空に浮かんでいる「月」は違うんです。横線はちょっとくっつける。でも、昭和 26 年に文部省が横線はくっついても良いと許容範囲を広げて、両者の違いが分からなくなってしまいました。文字の不思議さ、わかりました?楽しいでしょう?文字って。
最後に心の詩でとっても素敵な詩があるので、書いてみます。
吾を苦しめるのも 我が心
吾を救うのもまた 我が心
心があるが故に 吾尊し
「吾を苦しめるのも、吾を救うのも、私自身の心なのだ。そういう心を持っているからこそ一生懸命に生きている自分自身が尊いのだ」
剣道の世界で最高峰に立つ方の言葉です。みんな苦しみながら修行しているのだ。あんなすごい先生でもまだ苦しんで修行している。でも、そういう心を持てることが尊い私の証なのだという、素晴らしい言葉です。
ありがとうございました。