「那智の滝」(熊野古道シリーズ 1)


黒潮洗い、緑深い山々が海岸線まで迫る熊野の特異な地形。その中に白く輝く一条の流れ。
落差133mの断崖を一気に流れ落ちるその水量は毎秒1トンもあるという。
熊野三山(本宮・新宮・那智)のうち、信仰の本源がこの滝にあるということは言うまでもない。
この滝そのものがご神体であり、飛瀧権現(ひろうごんげん)として祈りの中心とされてきた。
滝壷近く「滝本」に佇むと、その圧倒的な轟に大地が震え、我が身も震えるのである。

平成21年7月吉日
「しまったぁ!」心の中の叫びが思わず大きな声で口から出た。
傍に立った若い神官が驚き「どうかされましたか?」
「この滝は私の準備してきた筆では表現できない。」
沈黙の後、「すみませんが、神棚に掛ける注連縄(しめなわ)が手に入りませんか。無いのでしたら、ワラでも・・・。」
夜中に三束のワラが手元に届く。

朝七時。神前で参拝。
朝日芳英宮司に熊野古道の歴史を、お聞きいたして作品に書き込む詩文を創作したあと、滝壷へ移動。
滝の水をたっぷり汲み、前夜に磨った青淡墨を混ぜた。
ワラ束を準備してくれた若い神官が心配そうに「ワラで書かれたことがあるのですか?」と尋ねた。
「いいえ、初めてです。滝の岩に当たって戻ってくる激しい飛沫は、このワラ筆でなければ表現できない。」

ワラ束をガシッと掴み、一気に書き上げた。
朝日宮司はまるで父眼の様に温かく制作の長い時間を見詰めて下さった。
「『ワラは稲』。『稲』は『命の根』と言えます。
素晴らしい作品が出来たのは『命』を貰ったのでしょう。」の一言。
すべてが終了するには二年間は必要でしょう。
長い旅の始まりに身を引き締めて、熊野古道のスタートの一作目が出来上がりました。

火の粉は舞い 燃えさかる大松明
十二神は扇御輿(おうぎみこし)に乗り滝壷へ
時は満ちた 殯(もがり)の鳥居を四方に拝(た)てよ
轟音 瀑水を浴び
絶壁を落下する 飛瀧権現
観音浄土ここにあり

蘇りの聖地 熊野那智

※殯の鳥居
渡海する屋形船に立てられた4つの鳥居。発心門、修行門、菩薩門、涅槃門が作られた。