しあわせ小箱 『筆が走る』 文:後藤将洋 
読売新聞(夕刊)2009年(平成21年)6月1日(月曜日)〜5日(金曜日)に掲載】


「アンデスを書く」
(筆が走る 1
 鋭くとがった峰が青空を切り裂いていた。2007年、女流書道家の柏木白光さん(57)はアンデス山脈の秘境にリュック一つでたどりついた。ペルーの世界遺産マチュピチュ遺跡。インカの人々が約500年前に築いた空中都市だ。
 草むらに敷物を広げ、白い紙を載せる。靴を脱ぎ、素足になってひざを折る。筆に墨を浸す。凛とした高地の空気。それを肺がぱーんとなるまで吸い込んだ時、覚悟が決まった。「さあ、書くわよ」
 大分育ち。曾祖父は奈良時代から続き宇佐神社の神官兼書道家。祖父、父も書道家の道を歩んだ。「お前を一流にする」というのが父の口癖。子供の頃は学校から帰ると、すぐに寝て深夜0時に起き、夜明けまで半紙に向かう日々だった。
「誰の人生かわからん」。一度だけ、父に刃向かった。高校2年の夏。道具をすべて近くの川に投げ捨てた。でも3か月ともたず、墨のにおいが恋しくなる。川に道具を探しに行くと、硯だけが水底に沈んでいた。
 あの時やめなくて良かったなあと、アンデスの絶景に思う。ネパール、イスラエル、ニュージーランドと世界を巡り、好きなことを書いてきた。その場所その場所で、ふいに心に浮かんだものを。作品を詩だという人もいれば、絵だという人も。インカで気づいたのは風の匂いだ。筆が一気に走る。<この風をずっと昔から知っている…

 


「酌をしあえば」
(筆が走る 2)
 女流書道家の柏木白光さん(57)は筆をとる前、関取のようにしこを踏む。2001年春、鹿児島市。噴煙をあげる桜島を前にこの日も、どっこいしょ、どっこいしょ。パチンと、かしわ手一つ打ってひざを折る。地面に広げた紙には金粉が施されていた。どら息子の髪の色のように。
「ロックをやる」。長男が高校を中退して家を飛び出したのは1992年。「出て行け」。母は脅しのつもりだったが、本当に行方知れずに。自分の言葉をのろわずにはいられなかった。生まれて初めて書けなくなった。数々の賞に輝き、書道家として勢いづいた時期。でも、筆が動かない。「あの子は産んでいない」と叫び、部屋の物をすべて捨てても我が子の残像が追いかけてくる。
 長男がひょっこり帰ってきたのは、姑(しゅうとめ)の七回忌。9年がたっていた。身内の誰かとこっそり連絡を取っていたらしい。おばあちゃん子だった息子は照れながら、「ただいま」と言った。東京の建築会社に住み込みで働き、音楽を続けていたという。髪は金色に染まっていた。それを見てなぜかホッとした。ロックをあきらめていないんだなあと。
 勇壮な火山から降り注ぐ灰を浴びながら、筆を走らせた。<熱い想いを吐くように どかっと座った桜島 喋る言葉がみつからなけりゃ 酌をし合えばいい おまえの長い心の旅路 盃(さかづき)の真ん中でキラキラ光っている>

 


「自衛隊に励まされ」
(筆が走る 3)
 何度確かめても、財布には240円しか入っていない。3日間まともな食事を取っていなかった。1992年春。女流書道家の柏木白光さん(57)は途方に暮れる。この時40歳。東京で勝負したいと大分県中津市に夫を残して単身上京。数々の賞を取ったものの、収入にはまだ恵まれなかった。
「もう、田舎に帰るしかないのかな」。芸術で身を立てる道をあきらめかけていた時、励ましてくれた人々がいた。同郷の友人に連れられて行くと、そこには自衛隊員たちの飲み会だった。「書道家の道はなかなか険しくて」とこぼしたところ、「じゃウチに飯を食いに来てよ」と次々に誘いがかかった。申し訳ないと思いつつも、にぎやかな家庭の食卓に招かれると、元気が出た。風邪で寝込んだ時、車で自宅に連れていき、おかゆを食べさせてくれた人も。
 墓石、Tシャツ、酒のラベル。どんなものにも字を書いた。詩のような絵のような、個性的な作風。それが認められて書が売れ始めたのは、それから3、4年後のことだった。恩返しができることがうれしい。写生の旅に出て近くに駐屯地があると、訪ねて一筆献上している。
 だからという訳ではないが、戦争のない世の中であってほしいと願う。沖縄ではコバルトブルーの浜辺でこう書いた。<愛しき國へ 深き想いをいだき 平和の要石(いしづえ)に心柱を建て…>

 


「チョモランマの頂」(筆が走る 4

筆を握りしめ板の間を走る。女流書道家の柏木白光さん(57)は跳び上がった。勢いのまま金色の壁に筆をぶつける。筆が飛び散る。1993年、ネパールの首都カトマンズのレストラン。壁一面に次々書かれていく文字に歓声が上がった。
「日本を飛び出そう」。古代語サンスクリット文字を研究しようと、ネパールに渡った。寺院や現地の人の家で過ごす日々。電気は通っていない。闇を照らすのはロウソクの光だけ。用は原っぱで足し、食べ物に群がるハエも気にならなくなった。草原の向こうにはチョモランマがそびえる。「登ってみよう」。衝動のままリュックに道具を押し込んだ。
 息も絶え絶えでたどり着いた標高4700メートル。そこは世界最高峰の中腹。山肌が雲に吸い込まれ、どこまでも天に続くようだった。平らな場所を見つけると、新聞を敷き、白い紙を置いた。筆の毛先から神々しい「何か」が伝わってくる。書き終えると、雲が動いて山頂がのぞいた。その光景に見とれながら、ふと思った。「小さいことなんか、気にしちゃいけないんだ」
 お世話になった人たちが帰国前、別れの宴を開いてくれた。大勢とどぶろくを飲み交わした。レストランの外では、すっきりと色づいた藤の花が咲いていた。酔いに任せ、壁に筆を躍らせる。<天地の神と人の和に守られて 紫音の花一輪 薫り高く咲きほこれ> 

 

「夢をかなえる旅」(筆が走る 5
正座をして目をつむる。祝詞を上げ、切り出したばかりのケヤキの一枚板に向かう。4日、大分県中津市の貴船神社。女流書道家の柏木白光さん(57歳)は静かに筆をとると、片ひざを立て精神統一する=写真=。
上京して書道家の道を突き進む前の一時期、ここで書道教室を開いていた。社務所のじゅうたんには今も、子供たちがこぼした墨の跡が残る。大きな書道展で最高賞を取り、個展を開き、今は海外にも活動の場を広げている。7月には山梨県北社市のアウトレットモールの一角に、作品を常設展示するギャラリーができる。「まさかこんな日が来るなんて」。夢をかなえる旅はこの場所から始まった。
 久しぶりに戻った古里。お世話になった人たちの顔が、板の木目に浮かぶ。<生日足日(いくひたるひ)>と、墨をたっぷりつけた筆で書いた。活気がある満ち足りた日という意味の言葉だ。日の字の真ん中に点を打ち込む時には、「はーっ」と気合一閃(いっせん)、力いっぱい筆をたたきつけた。(了)